五嶋アケミ ☆ 職業:役者

スペイン・バルセロナで役者修行中

ホームレス ニューヨークと寝た男

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ローリング・ストーン日本版サイトで「元モデルのホームレス生活を赤裸々に綴った『ホームレス ニューヨークと寝た男』」を読む。もともとローリング・ストーンのサイトでのインタビューは話をじっくり聞いて書いているから好きだった。今回もその類にもれず、読み応えのあるインタビューだった。

rollingstonejapan.com

心に残った文をいくつか書き留めておく。

僕自身は自分のことをホームレスだなんて思ったことはないし、名乗ったこともない。僕はフォトグラファーであり、俳優であり、モデルなんだ。ただ、寝る場所がなかっただけ。あのビルの屋上以外にね。(2ページ目)

 

映画を通じて自分の状況をさらけ出すことで、僕の人生も変わるかもしれないという希望もあった。そして、僕の生活は実際に変わったんだ。(3ページ目)

 

彼は今の生活に不満があるし、怒りを抱えている。それは今の社会のシステムが悪いせいだと批判してるんだ。僕は自分の暮らしを、社会のシステムや経済状況のせいにしたことはないよ。あくまで僕の個人的な責任だからね。僕が屋上暮らしなのは、僕の選択であり、僕の決断なんだ。(4ページ目)

 

でも、愛を感じないわけじゃないんだ。「愛してる」と言えないわけでもない。でも、いつも孤独なんだ。性格はオープンだし、誰とでも気軽に話せるんだけどね。僕が思うに、これは現代の大都市にありがちな現象だよ。みんな自分のことで忙しくて、他人に構ってる暇がない。愛を育てるには時間がかかるし、それを愛と認めるには少なくとも数ヶ月はかかるものだからね。(5ページ目)

 

でも僕の中にあった、屋上暮らしというちょっと変わったものを求める欲求というものがゼロになったわけじゃないんだ。あの生活には、ある種の自由があった。家賃を払わないという自由もね。でも、あれはやっぱりクレイジーだよね。好きな時に忍び込めるとはいえ、ちょっと疲れたから昼寝しようというわけにはいかなかった。真夜中に寝るために忍び込むだけ。朝には起きてその場を去らないといけない。でも毎朝、「サバイバルしたぞ」という達成感があったのも事実なんだ。(6ページ目)

 

きっといつか面白い物語にできると思うこと、それが心の支えでもあった。そう思うことで、自分を受け入れられたんだ。(6ページ目)

そして、もう少し知りたくなり、インタビューをもうひとつ見つける。

dotplace.jp

私が若い頃に強い影響を受けたジョージ・オーウェルの『パリ・ロンドン放浪記』やヘンリー・ミラーの『北回帰線』といった作品を読んでも、彼らも本当にギリギリの生活をしている中で美しい作品を生み出しています。もちろん彼らと自分を比べるつもりは全くありませんが、アーティストとしてこういう例もあるんだと言えると思うんですね。

ある種の貧困であったり、9時~5時の生活を知らないというのが、アーティストの道のりだということも非常に多いわけですし、逆に自分はそれを受け入れましたし、今映画でご覧いただいたように、自分なりにどんどん上昇するニューヨークの家賃と闘わなくて良い方法を見つけたわけです。

私は自分が選んだ道や置かれた状況を、誰かのせいにしたことはありません。私自身が、屋根の上の生活ではなく、例えばもっと堅い仕事につくとか他に選択はできたわけですよね。でもそれは自分はしなかった。逆に言うと、ちょっと奇妙に聞こえるかもしれませんけど、私は屋根の上の生活をすることの自由を楽しんでいました。

2月に自分のアパートメントを処分して、3月から姉御の友達だったレベッカのうちに居候している。いつまでこの生活がつづくのかわからないけれど、とても気に入っている。もちろんレベッカの住まいは生活に便利なものがそろっているから私も便利な生活を続けていかれている、と言うベースがあることは否めない。

気がついたこと。自分は1人でする好きなことがたくさんあって、その上それらがほとんどお金がかからないこと。読書、文章書き、裁縫、ヨガ、散歩、瞑想、料理など。1人でいても寂しいとは思わないし、1人で充実した時間を過ごせるし、お金もほとんどかかっていない。本は買って読むものもあるけれど、図書館で借りたり、青空文庫で無料で読めたり、と、お金をかけなくても質の高いものに接していられる。

自分の所持品も随分と少なくなった。大きなものはノートパソコンと持ち運べるミシン。拾ったりもらったりした布で作るので、材料費はほとんどかからない。自分を追及して、自分を充実させるのが楽しい。それを他の人と共有するのも好き。

お金のかかるアパートメントというものを手放したことで、それを払い続けることから開放され、自分の時間が持てるようになって、自分を追及出来るようになったことに満足している。そしてそれらを他の人と共有する時間が持てるようになったことも。

もちろんこのライフ・スタイルは誰にでも勧められるものではないけれど、自分で自分が心地よくいられるやり方を見つけたっていうことがいい。変えたくなるときがまた来るかもしれないけれど、その時にまた考えようと思う。

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ダーリンに薦められて、梶井基次郎の交尾を読む。

そこにいる自分の存在と、それを見ている自分の目線、この二つを、書いている自分がつなげている。それぞれの自分が自己主張せず、かといって謙虚すぎず、いいバランスで表現されている。空気も含めたその瞬間を壊さないように切り取っている。読み終わってしばらくボーっとしてしまった。

これから、リハーサルだ。