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五嶋アケミ ☆ 職業:役者

スペイン・バルセロナで役者修行中

未来とはまだ起こっていない想像上の出来事

Centre Zen Barcelona
道場に入るとすぐ「座禅」の文字が目に入る。

朝からビリーのヨガ。最近は三点倒立シルシャーサナが壁の補助がなくてもできるときがある。出来るときは、自分の体重も重力も余計な力みも感じない、肉体を抜いた自分の存在だけを感じる不思議な感覚になる、とビリーに話した。「私たちはそれに向かっているのよ。いい方向に向かっているわ。」といってくれたので、安心した。仲間も加わって、屍のポーズシャバーサナについて、眠っているときと覚醒しているときの間のような微妙なバランスの状態を共有した。自分が正しい方向に向かっていることを知るのはうれしい。

今日は特別にバルセロナの禅道場の座禅体験。

18時に禅道場に入り、説明を受ける。仏教の教えの習得方法のひとつで、スペインの仏教は日本から入ってきているとのこと。袈裟、木魚、掛け軸、問答など、日本語そのまま。懐かしい感じを受けた。

仏教と座禅の仕方について説明を受けているうちに、お線香が焚かれ、人が集まってきて、座禅が始まる。壁に向かって座りなおす。最初は座位が決まらなくてきつい姿勢で、とても苦しんだ。すると、自分の意識がどこかへ飛んでいってしまうのに気づく。眠っているような感じに近いけれど、でも眠ってはいなくて、外から入ってくる音などには反応している。自分にはそういう感じが時々起こることに気がついていた。セラピーなどでつらい出来事を思い出そうとすると意識が飛んでしまう。必死になって戻そうとするけれど、戻れない。やがて鐘がなり、立禅(りつぜん)が始まる。最初は足がしびれていたけれど、すぐに戻った。呼吸に合わせて前進する。

Centre Zen Barcelona
ここの人たちは袈裟を自分で手縫いで作る。

そして2回目の座禅。今度は座位か決まり、スムーズに瞑想に入れた。いろいろな思考や感情が出てくるときもあったけれど、裁かずそのまま受け入れ、去っていくのを送った。やがて座禅終了を知らせる大きな太鼓の音がなり、「チーン」とよく仏壇にある鐘の音が鳴った。その瞬間、自分の中にあるこの鐘の音にまつわる思い出が一気にあふれ出て、涙がとめどなく流れてきた。

弟の死、父親の死、祖父祖母の死、大切な人の死、ほとんどはお葬式や法事の場面。子供のときから田舎に帰った時に行っていた仏さん(仏壇)を拝む習慣。日常的に行っていた仏壇にお初さん(お仏飯)を供える時に鳴らす鐘の音。

中心に向かって座りなおし、皆が般若心経を唱え始める。祖母の声を思い出す。信心深かった祖母はよく仏壇に向かって般若心経を唱えていた。懐かしさでいっぱいになる。

鐘の音がなった時は私の中に明らかに流れているこの文化を意識させられた瞬間だった。

終わってみんなで近所のバルに移動して、今日の感想を含むおしゃべり。ほとんどがビールを頼むこの集団を不思議な思いで見ていた。無理をしているわけではなく、私は本当に飲みたいと思わない。ミントティーを頼んだ、蜂蜜入りで。イサックは緑茶を頼んでいた。みんなの話はおもしろかったけれど、自分はどこか別のところにいるような感覚から抜けられなかった。別にそれを隠しもせず、ひけらかしもせず、そのままの状態でそこにいる。

うちに帰って、簡単な食事をして、寝た。

今日のお話の中で心に残った言葉。

「未来とはまだ起こっていない想像上の出来事。」

「私だって怒ったり、イライラしたりする。でも、それを引きずらない術を持っている。」