五嶋アケミ ☆ 職業:役者

スペイン・バルセロナで役者修行中

ウンベルト・リバス Humberto Rivas

Humberto Rivas
Fossar de la Pedrera, Barcelona, 2000 - Humberto Rivas, Arxiu Fotogràfic de Barcelona

回復食1日目。朝4時半に空腹で目が覚める。甘いハーブティーを飲んで、1時間のヨガとストレッチ。ポーズにスパッと入れて気持ちがいい。その後、瞑想。

6時ごろ玄米の3分粥を食べる。白米のほうがいいのだろうけど、玄米しかないので。「いただきます」の言葉をこんなに厳かな気持ちで言ったことが最近あったかな。それ位特別な気持ちでお粥の前に座る。炊いたお米の香りとおいしさに感動する。普段の1膳の4分の1ぐらいしかないご飯で作ったお粥をよく噛んで15分ぐらいかけてゆっくり食べた。

そうしたら、お腹がぐるぐると動いて便が出た。黒っぽいのりの佃煮(すみません)みたいな便が、普通の半分ぐらい。すっきりした。私の体ってトコロテンみたいだな、上から押したら下から出てくる。

それからダーリンとSkype。5日ぶりだからか、何だか二人とも照れくささがある。「元気だったか?」「元気だったよ。元気だった?」「元気だったよ。」お互いにこの5日間をどう過ごしたのか、報告しあった。彼は「青空文庫」で、50年前に挑戦をして門前払いを喰らったり、途中で暗礁に乗り上げた文献等にリベンジしようと決めて、読書にいそしんでいたらしい。さすが、マイ・ダーリン!1時間30分も話してしまい、あわてて切る。

ビリーのヨガに行って、彼女と断食の成果について話す。「エネルギーのレベルはどう?」「疲れてないし、空腹感もない。調子いいの。これから私が食べ物に対してどういう反応を示すのか、注意して見ていくつもり。」「これを機会に食習慣を変えてみるのもいいかもね。あなたのエネルギーの状態に注目しておくね。」今日は特別クラスで2時間のセッションだったが、特に疲れもせずスタジオを出る。

バルセロナ写真資料館でのウンベルト・リバス Humberto Rivas氏の特別展示展が今日までだったことに気づき、ヨガの帰りに寄る。(その後4月13日まで延長された)

Humberto Rivas
Filo,1997 - Humberto Rivas, Arxiu Fotogràfic de Barcelona

ウンベルト・リバス 写真家 (1937年ブエノス・アイレス-2009年バルセロナ72歳)1976年、アルゼンチンのビデラ元陸軍総司令官による軍事クーデターの起こる数週間前にバルセロナに入り、生涯のほとんどをバルセロナで過ごす。

作品はモノクロームで、静謐な空気と無限の時間を感じる。スペイン市民戦争の跡をテーマに写した廃墟や人物像では、被写体の奥底からかもし出される緊張感を収めていた。

Humberto Rivas
Sant Felip Neri. Barcelona, 1998 - Humberto Rivas, Arxiu Fotogràfic de Barcelona

作品に収められていたサン・フェリペ・ネリ教会Iglesia de San Felipe Neri。外壁に市民戦争で受けた銃撃戦の跡が残っている。カテドラル(大聖堂)の近くにあるサン・フェリペ・ネリ広場に面している。

この広場について、友人のYumikoさんが自身のブログで詳しく説明しているので、引用させていただきました。Yumikoさん、感謝!

この場所は、市民戦争中の悲劇の舞台となったところで、今もその爪あとが生々しく残るところ。1938年1月、スペイン内戦のさなか、その戦火を免れるためにこの広場にある教会に子供たちが疎開していたのですが、奇しくもこの場所が爆撃の的となり、爆撃によって天井が崩れ落ち、教会地下に避難していた児童40数名が亡くなるという悲劇の舞台になりました。そのときの爆撃の跡は、石造りの教会の壁に深々ときざまれ、今もそこに痘痕のような後を残し、陰をつくっています。

Plaça Sant Felip Neri (Plaza de Sant Felipe Neri) サン・フェリペ・ネリ広場 | バルセロナにようこそ

資料館を出て、サン・フェリップ・ネリ広場まで散歩。バルセロナはすっかり春な上、今日はとてもいい天気。街は大勢の観光客でにぎわい、楽しく幸せな雰囲気に包まれている。ここで戦争があったなんて事実を今の私にはすぐに想像できない。

サン・フェリップ・ネリ広場に足を踏み入れる。空気が変わる。少しわかりにくい場所にひっそりとあるこの広場は、広場の持つ空気感保ちつつ、いつでも誰でも訪れられるように、無言の配慮がされているようだ。同じ国民同士が殺し合い、何の罪もない幼い命が犠牲になるなんていう悲劇が永遠に起こらないように。強い願いを込めた無言の声を聞いた気がした。

うちに帰ったら15時ごろ。小さなヨーグルトに煮たりんごを混ぜて食べる。少量なのでヨーグルトをもう1つ食べようと開けたが、満腹感が出てきて食べられず。

18時ごろヨーグルトをもう1個食べる。小豆代わりに甘く煮たレンズ豆を少し入れる。もう少し食べられそうだけど、これから夕食の約束があるので、やめておく。

夕食は友人のアヤコとトシコと3人で、グラシア地区のレストランへ。早くもお腹がすいてきた。断食後なので、消化しやすく胃にやさしいものを、と、豆のピューレと、温野菜とキノアのサラダ、デザートはカッテージ・チーズの蜂蜜掛けを食べた。少ない量にもかかわらず、全量をやっと、ゆっくりゆっくり食べる。お腹はびっくりしたと思う。本来ならこんな食事はよしたほうがいいんだけれど、来週からリハーサルが始まり、今度いつ会えるかわからないから、ちょっと無理をした。

昔からの友達というより、大変な仕事を一緒にやってきた仲間たち。親しくなかった頃から仕事を通じてお互いを出しまくっている相手。この相手に対する気の置けなさは貴重だ。私は今アルコールをやめているから水だけ飲んでいる。そのことに二人はびっくりしていた。でも、今までどおり普通に楽しく話せる。不思議なくらいアルコールが欲しいとは思わない。

0時ごろうちに着いて、軽くストレッチをして寝た。