出会いと別れ

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CMのオーディションに行く。何気に窓を見ていたら、花が降ってきたシーンを指定された。そういえばもう桜の季節だ。桜を想像しながら真剣に演技していたら、懐かしくて、思わず涙が出てきてしまった。まだ日本を出てたった3週間。普段の生活にはあんまり不自由は感じないが、会いたい人に会えないのが、寂しい。

演技については、集中できたけど、体の動きが乏しかったと思う。手をつけたり視線を動かしたり、体を使った演技がもっと出来ただろう。次に生かそう。

ダーリンが、何か複雑な気持ちになることがあったみたいで、話を聞いて欲しい、とメッセージを送ってきた。こんなときは本当に遠くにいることを思い知らされる。うちに帰ってSkypeでしばらく話した。Skype様々、今の生活になくてはならない。

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夜はビリーのヨガ。うちでもなるべくヨガをするようにしているので、今日は前回より体が楽だった。

最近は新しい出会いがある分、前から付き合ってきた人で疎遠になっている人がいることに気がついた。連絡を取って、会う約束をしても、お互い予定が出来たりしてなぜか会えなかったりする。前は毎日と言わずとも、それ位会っていたのに。

まるでヨガのポーズみたいだ。ポーズからポーズへ渡っていくことが、人との出会いみたいだなと感じていた。その時の自分でその時のポーズと向き合う。その繰り返し。ヨガは人生の縮図みたいだ。

最後の屍(しかばね)のポーズで、まず手の感覚がなくなり、そのうち足の感覚がなくなり、自分の呼吸と意識だけが残った不思議な感覚になった。まるでダルマになったような気分。寝ているときと起きているときの半々のような感じ。やがて鐘がなり、覚醒して、マントラを唱えて終わった。

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帰りのメトロの中で、出会いと別れについて考えていたら、La Casonaの合同授業でのオープニング・トレーニングだった「歩く」を思い出した。長方形のホールをただひたすら歩いて往復する。次の指示で、心を通わせた/通わせたい相手にサイン(視線を合わせる、挨拶をする、笑顔を送る、ちょっかいを出す、など)を送って、また歩く。次に心を通わせた/通わせたい相手とその時に生じた何か(ハグなどのコンタクトや、止まって見詰め合う、など、何でもいい)を共有して進む。

ただひたすら歩く私たちの間に校長先生が立って、指示を出していた。その校長先生は一昨年亡くなった。私の大事な先生。人生の師とも言える人にぎりぎりのタイミングで出会えた。学校を卒業したのは去年のことだったっけ。たった9ヶ月前のことなのに、もう何年も経ってしまったかのように感じる。

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